男性がもらって嬉しいものってなんだと思いますか。

ラボで鑑定結果を待つ間、彼女がオレにそんな質問をしたのは9月も半ばを過ぎた頃のことだった。
「男性、ね」
ガラス管の中で薬品サンプルを攪拌しながら、マスクの下で唇を歪めた。
彼女の言葉をそのまま受け取るのならば、対象は世界人口の半数になるわけだが、生憎とオレは彼女の言外に隠された真の対象が30数億分の1以外にありえないことを知っている。
つまりは彼女の恋人である港湾厚生局麻薬取締部特別広域捜査課所属の仏頂面……もとい、麻薬取締官真壁亮その人だ。

ああ、そういえばもうすぐ真壁の誕生日だったと思い出す。
男のプロフィールを収集する趣味は一切無いが、あいつの場合は、まあ把握しておいても悪くはないかと思える程度の腐れ縁ではあった。
だからだろうか、ちょっとした悪戯心が顔を覗かせる。
「それなら、このお店に行ってみて。品揃えが豊富だから」
手早く鑑定を済ませてから、メモ用紙にサラサラと店の所在地を書き込んで彼女に手渡す。
「あ、ちなみにオレのオススメはこの辺りね」
メモが彼女の手に渡る寸前で、一筆付け足す。
「まあ、キミの方がよく知ってると思うけど」
にっこりと微笑んだオレに向けられた彼女の複雑すぎる表情を、オレは一生忘れられないだろう。

***

麻取なんてやっていると、イベント事には疎くなる。とくにそのイベントの対象が自分自身ともなると、日付が変わるまで忘れていることなんてザラにあった。
たぶん、今回もお前に言われなきゃ忘れていたことだろう。ハッピーバースデーと。
「ああ、そういえばそうか」
間も無く9月25日になろうかという頃、いつも通りの残業を終えてお前と2人でオレの部屋に帰り着いた。
ネクタイを緩めて一息ついた俺に、お前はラッピングされた小箱を差し出す。受け取って開けてみると、シンプルな腕時計が収まっていた。
長年愛用していた腕時計が、被疑者確保時の取っ組み合いでお役御免となったのはつい最近のこと。買い直す暇もなく不便な日々を過ごしていたのを、1番近くで見ていたのはバディであるお前だった。
実用性重視のプレゼントに見せかけて、さりげなく先代の腕時計に似たデザインを探して来るあたり、いかにもお前らしい。
「ありがとな」
自然と笑みが零れた。
「大切にする」
と言っても、後生大事にしまっておくという意味じゃない。それを証明するように、早速腕時計をつけた。サイズ感もしっくりくる。また一つ笑みが生まれた。
そしてふと、お前が後ろ手にもう一つ何かの包みを持っていることに気づく。
「それは?」
別に催促するつもりじゃないが、遠慮するような仲でもない。視線で包みを示してやると、お前は一瞬戸惑うような仕草を見せてから、おずおずとそれを差し出した。もう一つのプレゼントですと、消え入りそうな声を添えて。
「……もう一つの?」
どういう意味だと眉を寄せながらも、包みを開く。
出現したのは、真新しい黒のランジェリー。布の表面積はそこそこ少なく、透け感のあるレースが絶妙なエロさを醸し出している。
俺は一瞬で全てを理解した。
「……どこかの色ボケに入れ知恵されたな?」
わざわざ確認するまでもないが、お前はこくんと小さく頷いた。
「あの野郎、人の女に何させてんだ」
白衣姿の馬鹿がしたり顔で脳裏をよぎった。いっそ今度あった時にでも、あの鬱陶しい後ろ髪を切り落としてやろうか。
眉間にシワを寄せた俺を見て、お前は慌てて私から相談したんですと言う。
「だろうな」
相談する相手が確実に間違ってる。
そう思いもしたが、口には出さなかった。お前なりに色々と考えた上での行動だということもわかってはいたからだ。
「着てみろよ」
しばしの間を置いてから、今度は俺からお前に下着一式を差し出す。予想通りお前の表情が固まった。
「これは俺へのプレゼントなんだろ? だったら完成形を受け取らせてくれ」
淡々と告げると、私が着るんですかとひどく間の抜けた質問が返ってきた。
「俺が着るわけないだろ」
万が一そのつもりでお前が買ってきたのだとしたら、今後の俺達の関係に大いに影響を与えそうな事案だ。
「ほら、もう日付が変わるぞ?」
追い討ちをかけるように、腕時計の文字盤に目をやる。お前はうっと言葉を詰まらせると、少し待っててくださいと言い残してベッドルームに消えていく。
さすがに目の前で着替えろなんて言った日には、誕生日の免罪符も通用しないだろう。だから黙ってお前の後ろ姿を見送った。

体感で約3分後。遠慮がちに開いたベッドルームのドアから、黒の下着姿のお前が顔を出す。それだけでかなりくるものがあったが、ポーカーフェイスを装ってラッピングのリボンを手に取った。
「大事なもの、忘れてるぞ?」
お前の首に赤いリボンを結んで、後ろ手にベッドルームのドアを閉じる。
「ようやく完成だな」
素早く閉じ込めた腕の中でお前は身じろいだが、もちろん逃がすつもりなんてない。
「俺好みのプレゼントだ。ありがたく頂戴しとく。隅から隅まで全部、な?」
甘噛みした耳朶に吐息を吹き込んで、お前ごとベッドに倒れこむ。その瞬間に日付が変わったが、誕生日の夜の延長戦はまだ始まったばかりだ。

~ Fin