先輩に相談したいことがあるんです。

お前がそう切り出したのは、特広の事務所で2人きりになってしばらく経った頃だった。
「改まってどうした?」
書類にペンを走らせていた手を止めると、見慣れた顔が眉をハの字にして俺を見つめていた。困り果てている。まさにそんな表情だ。
「何かやらかしてボスに怒鳴られたか?」
俺の知る限りここ最近そんな風景は目にしていないが、一応訊いてみる。案の定、お前は首を横に振った。
「じゃあ、どうした?」
普段のお前をよく知っているから、こんな姿を見せられると心配にもなる。できることなら力になってやりたい。そう思った。次の言葉を聞くまでは。
「……は?」
我ながらずいぶんと間の抜けた声が出た。それもそうだろう。この状況で「男の人って何をプレゼントしたら喜びますか?」なんて問われると想像できる馬鹿がいたら、ぜひともお目にかかってみたいものだ。
「知るか。惚気なら他でやれ」
全身の力と同時に残業をする気力までもが一瞬で抜け落ちて、盛大なため息と共に席を立つ。そのままジャケットを羽織って事務所を出ようとしたが、ドアノブに手をかけたところで肩のあたりに痛いほどの視線を感じた。
「……あのなあ」
思わず立ち止まってしまった自分を罵倒してやりたくなったが、ぐっと堪えてお前に歩み寄る。
「俺にわざわざ聞かなくたって、あいつはお前から渡されりゃなんだって気に入るだろ」
そう口にした途端、あいつことうざったい長髪の男が脳裏をよぎる。
いっそ自分の体にリボンでも巻いて、「プレゼントは私です」なんてベタすぎることをやってやれば、あの色ボケは喜ぶかもしれない。
面倒になってそう言ってやろうかと思ったがやめた。ただでさえ人手不足の特広から、セクハラを理由に後輩が抜けたなんてことになったらそれこそ死活問題だ。俺がボスに殺される。そんな展開は御免被りたい。
「……はあ」
隠しもせず短いため息をついてから、「ちょっと待っとけ」と呟いてデスクに戻った。
「ほら」
簡単な地図を描いたメモ用紙をお前の手に押し付ける。
「余計なお世話だろうが間違えるなよ、赤だ。……じゃあな」
戸惑うお前に構わず再びドアノブに手をかけると、俺は今度こそ事務所を後にした。

***

「ごちそうさま、おいしかったよ」
フォークをテーブルに置くと、キミは頰を綻ばせた。嬉しさが半分、ホッとしているのが半分といったところだろう。
「もしかしてずっと気にしてた? 本当にこれで良かったのかって」
促すように尋ねると、キミは遠慮がちに頷いた。つい苦笑が漏れる。
「いいに決まってるでしょ? だってオレからリクエストしたんだし。今年の誕生日はオレの部屋でキミの手料理が食べたいって」
そう、今日は7月7日。世間一般では七夕が祝われるこの日は、オレの誕生日でもあった。
と言っても、この日を特別視したことはあまり無い。港湾厚生局に入ってからはとくにそうだった。なんなら当日を過ぎてしばらくしてから、年齢を一つ重ねた事実に気づいたことすらある。
正直なところどうでもいいと思っていた。キミという存在が現れるまでは。
「まだ何か聞きたい?」
キミが複雑な表情をしてるから、もう一度促してあげる。すると、オレの予想から大きく外れない言葉が返ってきた。「せっかくの誕生日なのに、レストランの料理じゃなくて良かったのか」と。
「逆だよ」
唇に弧を描いて、テーブルに身を乗り出す。
「せっかくの誕生日だから、レストランの料理なんて食べたくなかったの」
すぐには意味を理解できなかったのか、キミは目を瞬かせる。この反応もオレの予想通り。
「オレさ、誕生日にこうやって身近な誰かに祝ってもらった記憶ないんだ。昔から一度も」
またキミが目を瞬かせる。信じられない。そんな顔だ。
「うちの両親はオレが子供の頃から忙しい人達だったから、毎年誕生日はどこぞの有名レストランのシェフがわざわざ家に来て料理を作るんだ。食べる時はオレ1人だけどね。……ああ、一応家政婦さんくらいはいたかな。よく覚えてないけど」
そして子供には高級すぎる料理を食べ終えて部屋に帰ると、ねだった覚えもない大量のオモチャが所狭しと並んでいる。注ぎ込んだ金が愛情と同等だとでも言わんばかりのその光景を、オレは子供ながらにひどく冷めた目で見つめていた。
もちろん、こんな話までキミにするつもりはない。だからつまらない思い出を頭の片隅に追いやって、キミににっこりと微笑みかけた。
「オレがキミの手料理食べたいって言ったのは本心からのお願い。わかってくれた?」
こくんとキミが頷く。
「ありがとう、嬉しかったよ。――で、話は変わるんだけどさ」
ちらりとキミに、正確にはキミが椅子の背もたれに隠すように置いている包みに目をやった。
「それ、オレにだよね?」
包みに巻かれたリボンを見れば、それがオレへのプレゼントだってことは聞かなくたってわかる。あえ口に出したのは、なぜかキミが渡すのを悩んでいるようだったから。
「くれないのかな?」
じっとキミの目を見つめる。瞳の中の光が揺らいだのは、キミが困っている証だ。我ながら意地悪なことをしていると思う。だけどこういう時のキミが可愛いからやめられない。
「ね、ちょうだい?」
甘えるように言って、伸ばした手でするりとキミの頰を撫でる。するとキミは観念したように包みを差し出した。
「開けるね?」
包みを開いたオレの目に飛び込んできたのは、鮮やかなワインレッドだった。
「……ああ、なるほど。そういうことね」
一瞬の思考停止後、再起動したオレの脳はすぐさまこの状況を作った犯人を割り出した。
「あのムッツリめ……」
そろそろキミを鑑定課に異動させるための算段をしたほうがいいかもしれない。
半分は本気で思いつつも、ジワジワと別の感情が湧き出してしまうのだから男って生き物は厄介だ。
「ありがと」
吐息に乗せた言葉を、直接キミの耳へと注ぎ込む。ほんのりと色づいた横顔でキミは頷いた。
「じゃあ、早速着替えようね」
言った途端、キミはオレの腕から逃れようとする。
「だーめ、逃がさない」
計算済みの逃走経路をオレの手で塞いで、キミの背に触れる。指先で探り当てたファスナーを撫でるように下ろせば、キミの肩からいとも簡単にワンピースが滑り落ちた。
「いいね、今つけてるのもオレ好み」
柔らかい肌の感触を軽く味わいつつ、ブラのホックを外してショーツのリボンを解く。薄い布地が床に落ちる微かな音で、キミはびくりと身を震わせた。
「片足上げて? 少しだけでいいから」
その場にかがみこんでキミを見上げる。だいぶ扇情的な眺めが待っていたけど、平静を装って白い足を取った。
「ほら、着させてあげるから」
ちゅっとふくらはぎに口づけると、小さな吐息が零れ落ちる。
「うん、いい子だね」
おずおずと申し訳程度に持ち上げられた片足に、真新しいワインレッドのショーツを通す。そうしてスルスルとおさまるべき場所までショーツを引き上げる頃には、キミの肌の方が赤く染まりきっていた。まるでよく熟れた食べ頃のイチゴみたいに。
「……おいしそう。こっちは今度にしよっか」
着させてあげるつもりだったお揃いのブラを静かに置いて、瑞々しい肌に歯を立てる。
「いただきます」
最高で最愛のデザートを抱きしめたオレは、きっと子供のように満面の笑みを浮かべていることだろう。

~ Fin 〜