そろそろ日付が変わろうかという深夜、俺達は帰宅した。もっとも、お前にその認識があるかどうかは怪しいものだ。
「やっぱり、飲ませすぎたか……」
 ソファーでくてっと横になっている姿を前に苦笑する。
 残業続きで顔を出せていなかった行きつけのバーに、今夜は久しぶりに足を運んだ。隣の席に座ったお前は、お気に入りのカクテルを片手に矢継ぎ早にあれこれ話していた。
 今考えれば、はしゃいでいたのだろう。そのせいか酔い潰れるまで大した時間はかからなかった。
「まあ、楽しかったんだろうな」
 コロコロと表情を変えながら夢中で話しかけてくるのが、可愛くてたまらない。それが俺の本音だから、酔い潰れたお前を支えて帰ってくることになっても嗜めたりはしなかった。
「ほら、ベッド行くぞ」
 隣に腰を下ろし、腰に手を回して抱き起した。
 するとお前はうっすらと目を開いて、子供がするみたいに「いやいや」と首を横に振った。
「別に何もしない」
 ベッドに誘ったのは下心からではなく、ちゃんと寝かせてやりたいと思ったからだ。
「ほら、な?」
 意図して優しく声のトーンを落とし、それこそ子供をあやすみたいに言ってやる。
 だがそれでもお前は、また「いやいや」と首を振った。俺は短くため息をつく。
「今日はやけに駄々っ子だな」
 顔にかかった髪を払って、薄ピンクに色づいた頬を撫でてやる。酒が入っているから、指先からじんわりと熱が伝わってきた。
 うっとりと目を細めたお前は、俺の首に両腕を回してしがみつく。甘えるように擦り寄せられた身体は、頬よりさらに火照っていた。
「……どうした?」
 されるがままになりながら問いかけると、耳元で「寝たくないんです」と舌足らずな声が聞こえた。
「それはどういう意味で、だ?」
 やんわりと身体を離して顔を覗き込む。お前は答えない。ただ潤んだ瞳で俺を見つめているだけだ。その一瞬の間に、火をつけられた。
「……ったく。本当に、今夜は何もしないつもりだったんだぞ?」
 我ながら言い訳がましいセリフだと思ったが、反論される前に口を塞いだ。無防備な唇を舌でこじ開けて、口腔の奥へと一気に侵入する。
 驚いてまん丸になった目を見返しながら、体重をかけてソファーへと押し倒す。その拍子に、ややタイト気味のスカートが太ももの際どいところまで捲れ上がった。口端を歪めてお前を見下ろす。
「……絶妙にエロいな」
 あと数センチで見えるであろう光景を求めて、するすると柔らかい肌を撫で上げる。だが見覚えのある薄い黒のレースが微かに顔を覗かせたところで、ぱっと手を掴まれた。
「なんだ、焦らしてるつもりか? 寝たくないって、誘ったのはお前の方だぞ」
 ほんの少しの不満を込めて言ってやると、「そういう意味じゃない」と強く否定される。
「……じゃあ、どういう意味だ?」
 促すと、お前はちらりと部屋の時計に目をやってから、消え入りそうな声でつぶやいた。「お誕生日、おめでとうございます」と。
 一つ瞬きをしたあと、俺はようやく理解した。
「ありがとな」
 9月24日。仕事に忙殺されて自分の誕生日を忘れるのも、お前の言葉で初めて思い出すのも、もはや毎年の恒例行事になりつつあった。
 だが今までと明確に違うことが、一つある。
「ああ……なるほど。だから、これなのか」
 掴まれていた手を振り解いて、中途半端な状態になっていたスカートを完全にたくし上げる。
「勘違いじゃなかったな」
 露になった黒いレースの下着と、茹で上がったみたいに真っ赤になったお前の顔を交互に見比べて、ふっと目を細める。
 忘れるはずもない。これは以前、どこかの色ボケの入れ知恵によってお前から俺への「誕生日プレゼント」として贈られた下着だ。
「これ着けてるってことは、要するにそういうことだろ?」
 下着のラインを指で辿りつつ、意地の悪い質問を耳に吹き込む。返答が無いことなんてわかっていた。それが、お前の答えなのだから。
「ありがとな」
 そう囁いたのを最後に、俺はエロくて最高のプレゼントを、心ゆくまで楽しむことにした。

〜 fin 〜