「ん……」
 まぶたの向こう側が白くチラついているような気がして、僕は目を開いた。カーテンの隙間から、眩しい光が差し込んでいる。
「あれ、晴れてる……」
 例年より早いらしい梅雨入りのせいで、霞朝の空は連日鬱屈とするような分厚い雨雲に覆われている。昨夜は特に大荒れで台風並みの激しい雨が降っていたから、今日も止むことは無いだろうと思っていた。そんなわけで、この部屋に朝陽が注ぐのは久しぶりだった。
「君のこういう姿も、久しぶりですね」
 寝転がったまま枕の上で頬杖を着く。君はまだ僕の隣で眠っていた。朝陽に照らされてぎゅっと身体を丸める君の姿は陽だまりで眠る猫みたいで、ふふっと笑みが零れた。
「……まあ、猫にしてはちょっとセクシーすぎるんですけど」
 素肌に僕のパジャマの上着だけを羽織っているから、僕の目に映る君はなかなかにキワドイことになっている。
「そんなに無防備にしてると、襲っちゃいますよー?」
 顔を寄せて耳元で言ってみると、君はごろりと寝返りを打ってしまった。こうなってしまうと、もこもこパジャマの背中しか見えない。
「あれ、もしかして起きてます?」
 顔を覗き込んでみても、君の目は閉じられたまま。だけど僕は知っている。君が寝たふりをする時は、僕の問いかけの後に必ずまつ毛が揺れるということを。今回も例に漏れずだ。そしていつも通りなら、ここから君との我慢比べが始まる。
「んー? やっぱり寝てるのかなー」
 わざとらしいセリフを口にしながら、君の背中にぴったりと密着するように抱きしめる。
「ねえ、起きてください」
 まずは耳朶の辺りで囁いてみる。君は無反応。それならばと、今度は耳の後ろに軽いキスをした。
「ね……起きて?」
 唇が離れると、君の肩が微かに揺れる。
「ほらー、やっぱり起きてるじゃ無いですか。ねぇってば、ねぇねぇ」
 ちゅっ、ちゅっと軽く音を立てながら、耳朶の形をなぞるように何度もキスを繰り返す。とうとう君は笑い声をあげて、「降参」とばかりに僕の方を向いた。
「やった、今日は僕の勝ち」
 小さな勝利にクスクスと笑いながら、改めて君の唇におはようのキスを贈る。もちろん、一度じゃ済むはずもなくて――。
「ん……ねぇ、口開けてください?」
 僕が君の背中に腕を回すと、君の腕も同じように僕の背中に回された。互いの舌を追い回すように深く唇を重ねながら、僕たちはベッドの上でゴロゴロと転がる。君の身体が僕の上に来ると、僕達はそっと唇を離した。
「起きたくないなー……」
 自分から君を起こしたくせに、この時間を終わらせるのが名残惜しくなってしまう。
「ねぇ、今日はずっとこのままでいましょっか」
 僕の提案に、「えー」っと君の声が降ってくる。「せっかくの誕生日なのに」と。そう、今日6月6日は僕の誕生日。忘れていたわけじゃない。
「せっかくの誕生日だから、ですよ。僕のワガママ、叶えてください。……ね、いいでしょ?」
 小首を傾げて上目遣いに君を見る。我ながらあざといと思うけど、君が僕のこの仕草に弱いことは把握済み。君はしょうがないなとでも言うように、眉を下げて笑った。ほら、効果は抜群。
「やった」
 思い切り君を抱きしめてくるんと身体を反転し、今度は僕が君の上になる。君は笑って、「Happy Birthday」の言葉をくれた。
「ありがとう」
 そう呟いて、君の胸元に顔を埋める。きっと今日は、世界一怠惰で幸せな誕生日になるだろう。

〜 fin 〜