「賑やかだなあ……」
行きつけのカフェの窓越しに、クリスマス一色の景色を眺める。街に一歩踏み出せばあちこちにツリーやリースが飾られていて、こうして店の中に入っても耳に入るのはメジャーなクリスマスソングばかり。
「ハロウィンとかもそうだけど、日本人ってなんでも受け入れるよね」
半分はその日本人の血が入った僕が言うのもおかしな話だけど、母国を離れて初めて日本を訪れるまで、この国に対する僕のイメージはもう少し違っていた。さすがにサムライやらニンジャがいるとは思ってなかったけど、母国のテレビで特集される日本は京都や鎌倉が多かったからそのイメージの方が強い。だからクリスマスがこんなに盛り上がっているなんて、ちょっと意外だった。
「クリスマスか……」
カフェの向かい側にはショッピングモールがある。たった今出てきた女性は、綺麗にラッピングされた大きなテディベアを抱えていた。たぶん、子供へのプレゼントなんだろう。
「…………」
ふいに子供の頃の記憶が蘇ってきそうになったけど、小さく頭を振ってすぐに打ち消した。クリスマスの思い出が無いわけじゃない。だけど数少ないそれを覗くには、嫌でも苦しい道を辿らなきゃならなかった。嫌だと、少しだけ早まった鼓動の音が告げている。残っていた甘いカフェラテを一気に喉の奥へと流し込んで、足早にカフェを出た。*「あ……」
ポケットに突っ込んでいたスマホが振動する。メッセージアプリの着信だと気づいて画面を確認すると、送信者の名前が表示されていた。彼女だ。
「へえ、今日は早く帰れそうなんですね」
毎年の例に漏れず、この時期の特広は目が回るほどの忙しさだと周防さんから聞いている。その部下である彼女も連日連夜残業続きで、二人で一緒に過ごしたのはもう半月以上前だ。
だから今夜久々に会えるかもしれないと知って、自然と頰が緩むのは仕方がない。だって素直に嬉しいから。
「何時くらいになりそうですか?」
画面をタップしてメッセージを打ち込むと、返信はすぐにあった。きっと休憩室にでもいるのだろう。サンドイッチ片手にスマホをいじる彼女の姿が、容易に想像できた。
「9時か」
その時間なら食事をする店はまだ空いているだろうけど、久々に会うなら二人きりでゆっくり過ごしたい。
「……見るだけ見てみようかな」
僕の足は引き寄せられるように、通り過ぎようとしていたショッピングモールへと向かっていた。

午後9時を少し回った頃、ドアの鍵を開ける音が聞こえた。君がドアを開ききる前に、僕の方から玄関に赴いてドアを開く。君が驚いている間に、ぎゅっと抱きしめて軽いキスをした。
「おかえりなさい、お疲れさま」
首筋に腕を回したまま言うと、君もただいまと返してくれる。途端に、ほっとしたような気分になった。
「君に見せたいものがあるんです。入って入って」
君の手を引いてリビングへと急ぐ。テーブルに置いたそれを見て、君は今夜二度目の驚いた顔を見せた。
「買っちゃいました」
真っ白なクリームと真っ赤な苺がたくさん乗ったクリスマスケーキ。でもたぶん彼女が驚いたのは、僕がケーキを買っていたことに対してじゃなくて――。
「……二人で食べるには、ちょっと大きすぎますよね」
彼女の考えていることがわかったから、僕も思わず苦笑い。ホールケーキなんて買ったこともなかったから、どの大きさを選べばいいのかよくわからなかった。とりあえず一番大きなサイズを買ってきたけれど、7号と呼ばれるこのサイズがかなりの大人数用だと気づいたのはついさっき。
スマホを使えばハッキングの必要もなく良心的な一般サイトで調べられただろうに、情報屋としてはありえない凡ミスをやらかしたものだ。
「でも、まあいっか。君のそんな顔が見られたから」
おかしさ半分、嬉しさ半分。君の笑顔に、僕もつられて笑顔になった。恋人と過ごす初めてのクリスマスに、こんなおかしな思い出ができるのも悪くない。
「メリークリスマス」
抱きしめた君の温もりは、クリスマスケーキよりずっとずっと甘かった。

〜fin〜