「今夜も空振りか……」
長いため息を吐き出すと、間髪入れずに同意の声が聞こえた。
助手席に座ったお前は、フロントガラスの向こうを見つめている。顔には疲れが滲んでいた。お世辞にも座り心地がいいとは言えない公用車のシートで、連日連夜長時間の張り込みを続けていれば誰だってそうなるだろう。長くこの仕事をしている分耐性はあるが、俺にとっても今の状況はなかなかきつい。
「あと少し待ってだめなら、引き上げるぞ」
運転席のリクライニングを適当に倒して、車の窓を開ける。僅かにできたガラスの隙間から、12月の冷えた風が入り込んだ。
「雪、本当に降るかもな」
今年は数年ぶりにホワイトクリスマスになるだろう。ラジオでは確かそんなことを言っていた。そのラジオも沈黙してもう数時間が経つ。俺がカーオーディオの電源を切ったからだ。
クリスマスイヴに容疑者の自宅近くで張っている俺たちにとって、どれだけチャンネルを変えても流れ続けるクリスマスソングの数々は虚しさしか連れて来ない。
「考えたら去年もこんな感じだったな」
一年前のクリスマスイヴも、俺はお前一緒にいた。もちろん仕事で、だ。
特広にクリスマスなんてものは存在しないと、俺の脳内で人使いの荒いボスが宣っている。面と向かって言われたことはないが、あの人なら実際に言いそうだ。
「……うん?」
しかめっ面になりかけたところで、お前は可笑しそうに笑いながら軽く身を乗り出してくる。クリスマスイヴにディーラー逮捕なんて色気がない。俺が去年ぼやいていたことを思い出したらしい。
「そういえば言ったな」
よく覚えているものだと、思わずつられて笑みが零れた。
「じゃあ、今年はこう言ってやるか。クリスマスイヴに張り込みなんて色気はないが……」
片手で窓を閉めながら、俺もお前の方へ身を乗り出す。そして素早く唇を重ねた。
「クリスマスに変わる瞬間に、お前とこういうことができるのは悪くない」
キスを終えたばかりの距離で笑ってやると、数秒遅れてお前が抗議の言葉を口にする。仕事中だと。
「あと少し待ってだめなら引き上げるって言っただろ。日付が変わった。ここからはもうプライベートだ」
次の抗議が飛び出す前に、またお前の唇を奪う。今度はより深く、じっくりと。軽い抵抗をねじ伏せるように抱き寄せると、諦めたのかお前は大人しく身を委ねた。それでいいと心の中で呟いて、柔らかい唇の感触を味わう。
満足するまで求めてから解放すると、お前の息が少しだけ上がっていた。
「ほら」
濡れた唇を指で拭って、ダッシュボードの中身を手渡した。お前はきょとんとして、俺と俺の渡した赤いリボンのついた箱を見比べている。
「恋人と過ごす初めてのクリスマスだ。プレゼントくらい用意してるに決まってるだろ?」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、お前はようやく状況を理解して子供みたいに笑った。
その顔が可愛くて、もう一度だけキスをする。
「メリークリスマス」
〜fin〜