「今日も遅くまでおつかれさま」
赤信号で車を停めると、ハンドルを握ったままオレはキミを見た。
キミの帰りが遅くなった夜は、こうして車で家まで送って行く。この数ヶ月ですっかりオレの日常に組み込まれた一コマだった。冬は脱いだコートが占拠していた愛車の助手席も、今ではキミの指定席になっている。
「特広は相変わらず忙しそうだね。クリスマスイヴくらい早く帰してくれたっていいのに……って、周防課長に言うだけ無駄けどさ」
あの人のことだから、そもそもクリスマスの存在自体忘れている可能性もある。本当にありえそうだから笑いたくても笑えない。オレが考えていることを察したのか、キミも苦笑いだ。
「今の案件が片付いたら、どこか遊びに行こっか。いい季節だし、温泉旅行とかもアリかもね」
疲れを滲ませていたキミが、ぱっと目を輝かせる。こんなふうにころころと表情を変えるキミが、正直可愛くてたまらない。
「それじゃ決まりだね。どこか良さげなところを探しておくよ。……もちろん、プライベート露天がついてるとこね? そうじゃないと二人でイイコトできないから」
冗談めかして言うとキミは少しだけ目を逸らして、進んでくださいとオレに告げる。青に変わった信号の代わりに、今度はキミの頰がほんのりと赤く染まっていた。
「本当に可愛いね」
追い討ちをかけるように呟いてアクセルを踏むと、クリスマスのイルミネーションに彩られた街並みが滑るように後方へと飛んでいく。このまま高速にのってしまえば、キミの家まであと15分くらいだろう。
「あ……」
そう思ってからふと気づく。15分後にはクリスマスイヴが終わっていることに。
「ごめん、ちょっと寄り道するよ」
気づいてしまえば、オレの行動早かった。キミの了承を得る前に、大きくハンドルを切ってUターンする。リアタイヤがあげた小さな悲鳴が、深夜の街に響いた。
スピードを上げて霞朝を駆け抜けるオレを見つめながら、キミは眉を寄せている。さっきの場所がUターン禁止だとバレてしまったのだろう。
「今夜だけ、内緒ね」
特広時代は何かと衝突の多かった港湾警察の人間にでも見られていたら面倒だが、幸い今夜は大丈夫そうだ。キミに対する小さな罪悪感をウィンクでごまかして、アクセルをさらに踏み込む。
ほどなく、目的地に滑り込んだ。
「間に合ったね」
車の窓を開けると、静かな波の音が聞こえてくる。霞朝の夜景が一望できるこの高台は、オレがキミの恋人になった場所。
車内に舞い込んだ潮風に髪を遊ばせながら、キミはどうして急にここへ来たのかと首を傾げている。
「だってキミと迎える初めてのクリスマスが、高速道路の上じゃ味気ないでしょ? それに、クリスマスイヴっぽいことも何一つできなかったしね。だから、せめてこれくらいはさせて?」
シートベルトを外してキミを抱きしめると、鼻先を馴染みのある香りがくすぐった。オレがキミのために調香した、世界にひとつだけの香り。キミの体温と溶け合って、ひときわ甘くオレの感覚を刺激してくる。
「よく似合ってるよ」
耳元で囁いて、そのまま後頭部へと滑らせた手でキミを引き寄せた。甘い香りに包まれながら、もっともっと甘いキミの唇に酔いしれる。
そうしてキスを終えた時には、クリスマスイヴがクリスマスへと変わっていた。
「メリークリスマス」
来年も再来年もその次も、またこうしてキミと一緒にこの瞬間を迎えられるように。
そんな願いを込めて、オレはまた唇を重ねた。
〜fin〜