松澤佐

少しずつ、まったりとした休みの日々とのお別れが見えてきた初夏の午後。
衣替えの合間に繋いだビデオ通話先の彼女は、難しい顔でスケジュール帳とケータイを交互に睨んでいる。
来るべき仕事再開の日に向けて、スケジュールパズルの真っ最中だったようだ。

「あ、在宅マネちゃん中? ごめん……」

邪魔をしないよう早々に通話を切ろうと思ったけど、「丁度良かった」と引き留められそのままリモートスケジュール調整会議に突入することに。
恋人としての語らいを求めたハズが強制ビジネスモードになってしまったのはちょっと残念だけど、今彼女の頭の中はオレのことでいっぱいなのだと思うと悪い気はしない。
目下彼女の悩みの種は、オレの誕生日だそうな。
付き合い始めて最初の誕生日は仕事漬けだったけど、2年目以降は”敏腕マネちゃん”の手腕のお蔭で完全オフか半休が定番になっている。
今年も律義にその定番を守ろうとしているが、諸々の遅れを取り戻すためにはそうも言ってられず……という状況らしい。

「気ぃ使ってくれてありがと。でも、今年は無理でしょ」

オレの大人発言に意外そうな顔をする彼女に画面越しでテコピンをお見舞いして、改めてパズルに挑むよう促す。
今年の誕生日は、30という一つの節目にあたる。
例年通り休みを貰えるつもりでいたけど、この再開に至るまでも年単位でワガママ通してもらったばかりだ。
流石にこの状況で駄々をこねるほどガキじゃない……つもり。
さっきのしかめっ面から一転、サクサクとスケジュールを組みなおす彼女を見ていると、休みじゃなくていいと予め言っておけば良かったなと自省する。

「おっ、パズル出来たー?」

画面に掲げられた彼女のスケジュール帳を見ると、誕生日前の週末が休みになっていた。
彼女も休みのマークがついているので、当日の代わりにこの日を”恋人として”一緒に過ごそうという事らしい。

(週末か。それなら……)

一仕事終えて満足げな彼女を労いながら、ケータイを取り出してメッセージアプリで2件のメッセージを送信する。

1件はオレの家族グループ宛。
もう1件は、オレを差し置いて大学卒業と同時にマリッジをキメた従弟の母親……竹宮の叔母宛。
従弟の由貴ちゃんの妻になった子は、オレも小さい頃からよく知っている妹分みたいな存在だから、一応連絡先は知ってるんだけど……ワルい大人たち(宝梅ブラザーズ&ナオさん)との飲み会で由貴ちゃんをぶっ潰してしまった時に状況説明をするくらいで、直接連絡を取ることはほぼない。
やましい気持ちは微粒子レベルでも存在しないけど、逆の立場ならオレもモンヤリするからだ。
心の狭い男どもの間に挟まって伝言係をする血縁たちには若干申し訳ないが、そういう血族なのだと諦めて今後ともお付き合い願いたい。

ーーーーー
ビジネスモードから恋人モードに切り替えてダラダラと他愛のない話をしていると、竹宮の叔母から返信があった。
折角だから久々に集まれたらな、くらいの気持ちで声をかけたんだけど……向こうは向こうで、4月にあった由貴の誕生日の祝い直しを考えていたようだ。
パリピ(ウチの母)の妹もパリピ。
因みにウチの家族グループの方は早々に承諾の返事が来ていたので、これで晴れて2家族合同での誕生日パーティーが開催されることになった。

(ん……? 待てよ? いきなり親類とご対面って……何気にスゲー重い? 正式な挨拶とかそういう固いカンジじゃなくて、顔見世的な? オレがただ「こういう人と付き合ってます」って自慢したいだけっていうか……いや、そういう気持ちが無い事は無いんだけど……)

段取りが終わった今になって、途端に不安が襲ってくる。
ここまで勝手に決めちゃったけど……彼女は付いてきてくれるだろうか。

「あのさ、このお休みの日……オレの実家行かない?」

竹宮由貴

6月某日――初夏というには暑すぎる程の晴天の元、松澤家・竹宮家合同での誕生日パーティーが開催された。
この年になって親類で集まってパーティーなんて……最初は何の冗談かと思ったが、俺の今年の誕生祝いが諸々の事情でこじんまりと終わってしまった事を気にしてた彼女が母さんに相談したところ、佐ちゃんから丁度良い誘いがあって――という流れで決まったらしい。
“こじんまり”っつっても、当日の飯は俺の好物ばっか用意してくれてたし、ケーキも食った。プレゼントのネクタイも俺好みで、夜の方も……。
兎に角、俺としては丁寧に祝ってもらった気でいたから、改めてパーティーって言われても正直ピンと来なかった。
けど、断る理由もねぇし、何より仕切り直しに向けていつも以上に構ってくる彼女が可愛かったんで、大人しく祝われる事にした。
単純にバーベキューが食いたかったってのもある。

ーーーーー
「親父たち、もう着いたってよ」

松澤家に向かう道中で予約していたケーキを引き取って車に乗り込むと、タイミングよく母さんから連絡が入った。
いつもは助手席に座る彼女だが、今は箱が落ちないよう見張り番として後部座席に座っている。
免許を取ってからずっと彼女の指定席は助手席だから、2人きりの車内で後ろに向かって話しかけるというのは何とも違和感がある。

「落ち着かねぇな」

そんなことを考えていると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
……口に出してたか。
いくつになっても治らねぇこういうガキっぽい部分を、彼女はいつも笑って受け止めてくれる。
過去の拗らせていた自分にはオイオイと突っ込みてぇ所が多々あるものの、彼女を傍に留めた点だけはよくやったと手放しで誉めてやりたい。

「……笑い過ぎ」

笑い声が止まってもなおニヤニヤとした視線を向ける彼女をバックミラー越しに睨み、気恥ずかしさを誤魔化すべく車を発進させる。

ーーーーー

指定された時間通りに松澤家に着くと、庭先から肉の焼ける匂いが漂ってきた。

「本日の主役2号様ご到着~! こちらウェルカムタスキになりまーす♪」

いつになく浮かれた格好の(前面に”レベルアップ”、背面に”本日の主役”と書いてあるタスキをかけてる)佐ちゃんが、手に持って振り回していたタスキを強制的に俺にかける。

「”大人になりました”って……とっくの昔に成人済だっつの」
「いいから、いいから♪ ……っていうかそのケーキの箱の数ナニゴト? 明らかに注文してた分だけじゃないよね?」
「旨そうだったから。引き取るついでに買った」
「ついでの方が量多いな?! 肉食べてコレも食べる気?」
「……? 食えるだろ」
「Oh……若さ……」

若干トーンダウンした佐ちゃんに案内されて庭へ向かうと、相っ変わらず一家揃ってテンションの高ぇ松澤家が方々から声をかけてくる。
俺の幼馴染でもある彼女は、この一家にとっても昔から知っている仲なので余計にテンションの高さに遠慮がない。
ケーキの箱を置いて空いた左手で彼女の手を取り、スキルを生かしてさり気なくガードしながら、このテンションをいなす良い口実はないかとウチの一家を探してみたが……母さんは松澤家に釣られていつもより饒舌そうで、姉貴は一抜けと言わんばかりに涼しいリビングで佐ちゃんの姉ちゃんと姉同士酒を傾けている。
頼みの綱である親父はバーベキュー奉行に就任しているようで、防波堤として役に立ちそうにない。

「この家に集まると……いつもこうだよな」

主役そっちのけで各々自由に過ごしている姿に呆れていると、隣の彼女が「違うところもあるよ」と”ある人物”の方へ視線を促した。
あの人は確か……。

「なるほど……って、ちょっと落ち着け」

興味深々という顔で”その人”に突撃しようとする彼女を、繋いだ手を軽く引いて留まらせる。
佐ちゃんがウチに来る度に飽きるほど惚気話を聞かされていた俺たちにとっては「お噂はかねがね」な人だが、”その人”が俺たちを認識しているかは定かじゃない。
一昨年の”式”ではロクに話を出来なかったから、向こうにとってはほぼ初対面のようなもんだろう。

(お祝いの礼も直接言えてねぇし……丁度良い、ちゃんと挨拶しとくか)

俺の考えを察したのか、さっきまで興奮気味だった彼女が一気にしおらしくなった。
未だに”妻”という響きに慣れない彼女は、こういう機会に遭遇する度に毎度律義に照れてくれる。
本当に可愛くて仕方がない。

「くくっ……おら、挨拶行くぞ。”竹宮”サン」