都竹 尚之

バー務めの人間にとって、誕生日というのは「潰される日」だ。
……と言いきってしまうと大袈裟かもしれないが、少なくとも俺にとってここ数年は、そういう日になっている。
常連か、誕生日を覚えていた律義な顔見知りあたりから『今日誕生日だよね?』という言葉が出たが最後、店内の方々から祝福の言葉と共に主役への酒のオーダーが入る。
職業柄酔わないための対処法は心得ているし、平均より酒にも強いつもりだ。
しかし、入れ代わり立ち代わり訪れるお客を相手に、店にある酒をちゃんぽんで飲んでいれば、どんなに持ちこたえても時計の針が天辺を超えた辺りで限界がやってくる。
こうなってしまうともう、通常通りの営業は難しい。
それでも終電の時間まではなんとか持ちこたえ、人通りが途切れた所で店の看板を仕舞い入口にクローズの札をかける。
残留希望者以外のスタッフを送り出してしまえば、あとは常連たちの輪に取り込まれるだけ。
誕生祝いだとシャンパンを入れてもらったり、持ち出しでボトルを開けたりしながら始発が動き出すまでひたすら飲み続ける。
――これが、店を始めてからの俺の誕生日の過ごし方だった。

今年の誕生日は三連休の中日にあたる。
普段ならば営業日である週末だが、今週は三日間丸々休みを取る事にした。
世間一般的には給料日直前の週末とはいえ、開けていればそれなりに人は来たんだろう。
俺と彼女の仲を知っている常連は、今月の休業予定日のお知らせを見て何か言いたげな目をしていたが、誤解のないように言っておくと、恋人と過ごすためにわざわざ休みにするような年ではない。
……未だ新婚のような某友人(兄の方)ならばやりそうだが。
店が入っているビルのメンテナンスが土曜にあり、月曜に知り合いからの頼まれ事で催事の手伝いをする予定が入っているので、ならばいっそ連休にしてしまおうと思っただけで、普段なかなか休日が合わない彼女から、運よくこの週末は休みだと聞いていたとしても……あくまでたまたま、なのだ。

連休の初日はお互い「家の用事を片付けたい」とのことで、2日目の昼頃に外で待ち合わせをして昼食を取り、その時の気分次第で散策なりどこかに入るなりした後夕飯の買い物をして俺の家にお泊り、という流れに自然と決まった。
2人とも職業柄生活時間帯が夜型寄りのため、時間も厳密には決めず、当日起床したら連絡を入れる形の無理をしない待ち合わせにした。

(上着はいらんかったな……)

例年なら本格的な冬支度を始めているであろう小雪の週末にも拘らず、この時期らしからぬ温い風に頬を撫でられ、思わず顔をしかめてしまう。
家を出たという連絡を受け、指定された待ち合わせ場所に到着したのが5分前。
久しぶりに家と店の間以外のルートを歩いたせいか、想定していたよりも早く待ち合わせ場所についてしまった。

(……知らん店がちょいちょい増えてんな)

家の最寄りとは言え普段の行動圏外の場所なせいか、記憶とは若干違う店の並びになっている。
彼女を待つ間の暇つぶしに周りを見渡していると、真新しい外観のケーキ屋が目に留まった。

(ああ、この前彼女が言うてたんはここか)

先日仕事終わりで店に立ち寄ってくれた時に、『ピスタチオを使ったケーキが美味しい店を見つけた』と喜々として報告されたことを思い出す。
その時の彼女の表情がいつになく幸せそうだったので、そんなに言うなら一度食べてみたいと思ったのに、店の所在地を聞き忘れてしまい、店名を検索すればいいかと確認を後回しにして、そのまま忘れてしまっていたのだ。
今日という日のためのケーキを自分で用意するのは気恥ずかしかったので、彼女が買ってくれていなければここで調達しても良いかもしれない。

(季節のケーキとかあるんかな……ん?)

少々ものぐさをして、この場から動かずに情報を得ようと入口に立てられている看板に目を凝らすと、「今月のおたんじょうびおめでとう!」という文字の下に、馴染みのある4文字が並んでいた。

(22日・なおゆきくん……)

近隣に偶然同じ誕生日な幼い「なおゆきくん」が住んでいる可能性がゼロとは言わないが、恐らくこの「なおゆきくん」は俺のことだろう。
予約を入れた際に年齢を伝え忘れたのか、店の方針なのか……どちらかは判らないが、今日までケーキについて何の話もなかったことを考えると、彼女的にはサプライズのつもりで用意しているはずだ。

(上手いこと知らんふり出来たらええけど……あかん、もうからニヤけてきてるわ)

予想外の方向からのネタバレに、あと数分でやってくる彼女に対して自分がどの程度誤魔化せるか不安になる。
きっと彼女はサプライズが成功すれば誇らしげな笑みを、失敗しても……少し困ったような顔をした後にやっぱり笑ってくれるだろう。
何でもない風を装わなければいけないのに、口元の緩みは止まらない。

(この年になっても、恋人に誕生日祝ってもらうんて……こんなに嬉しいんやな)

前言撤回、まだまだ俺にも青い部分は残っていたようだ。