『とびきりのプレゼント』瀬戸口侑生バースデーSS

カラン、とグラスの中で溶けた氷が音を立てる。
ぼんやりしたまま水滴のついたグラスに手を伸ばし、ストローを咥えたところで中身が空になっていることに気付いた。
「すみません」
軽く手を挙げて、近くにいたウエイターを呼ぶ。
「アイスカフェラテ、もう一杯お願いします。ガムシロ抜きで」
「かしこまりました」
オーダーを受けて下がっていくウエイターを眺めながら、俺はあいつとの出会いを思い出していた。
(そういえばあのときも、アイスラテ注文したんだっけ)

役者・瀬戸口侑生の大ファンで、今はプライベートでも最も大切な存在になったあいつは、今頃俺の部屋のキッチンで孤軍奮闘しているはずだった。
今日の俺の誕生日に合わせ、手料理とケーキを作ってくれるつもりらしい。
「出来上がるまで、侑生さんは外で待ってて!」と部屋を追い出され、俺は近所の喫茶店でこうして時間を潰している。

二杯目のカフェラテに口をつけ、持って来た台本をもう一度開いた。
台詞は稽古をしながら入れていくタイプだから、覚えるためというよりは、役を自分の中に落とし込むために何度も読み込む。
——けれど今日は集中力を欠いていて、ホン読みには向いていないようだ。
まったく頭に入ってこない台本を閉じ、グラスを持ち上げたとき、テーブルに置いたスマホが微かに震えた。

メッセージの送信者の名前を見て、自然と口元が緩む。
コンロにかかっている鍋の写真とともに、『あとは煮込むだけ!』という短い文章とキャラクターの絵文字が添えられている。
猫だかウサギだかよくわからないキャラクターは、確かあいつが持っているポーチにもあしらわれていたものだ。

「何このシュールなキャラ。猫? いやウサギか?」
「え、クマだよ! かわいいでしょ?」
「かわいいか……?」
「かわいいよ〜!」
軽く頬をふくらませたあいつの方がよっぽどかわいい……とは口には出さず、とりあえず衝動のままにキスしておいた記憶が甦る。

(……ダメだ、にやけが止まらない)
俺は頬杖をつくフリをして口元を隠し、もう片方の手で素早く返事を打ち込んだ。
『すげえ美味そう。楽しみ』
すぐに既読マークが付き返信が届く。
『え、中身見えてないよね?』
『見えてねえけど美味そう』
『何それ(笑)』
そのあと再び猫ウサギ……じゃない、クマのキャラクターがお辞儀している絵文字とともに、『もう少々お待ちください!』とメッセージが返ってきた。
了解の返事に既読が付かなかったところを見ると、再び料理に戻ったのだろう。

(やばいな、俺、浮かれすぎ)
自分の誕生日がこんなにも待ち遠しかったのは、子どものとき以来だ。
これまで付き合った相手とは、そもそも誕生日がいつなのか教えてなかったり、当日特に予定がなければわざわざ会わなかったり、会ったとしても適当な店でメシ食ってセックスして終わりだったり、とにかくドライだったから。
だけどあいつは、劇団で公表しているプロフィールで俺の誕生日は当然知っていたし——ちなみに去年はファンとしてバースデーカードを送ってくれていた。ファンレターボックスから発掘して、今は大事に飾ってある。あいつは恥ずかしがってるけど——、1ヶ月以上前からああだこうだと頭を悩ませていたらしい。
(その結果が手料理とケーキとか……何なんだよ。ほんと、かわいすぎる)

このままだと喫茶店で一人にやけ続けるだけになりそうだったので、俺は煩悩を振り払うため、もう一度台本を開いた。
頭に入らないことは分かりきっていたが、背に腹は代えられない。

——1時間後、部屋に戻ってきてもいいとお許しのメッセージが届いたので、会計をして店を出る。
照りつける真夏の太陽も、うるさいほどのセミの大合唱も、まるで俺の誕生日を祝福してくれているような気がする。

横断歩道を早足で渡り、ソワソワしながらエレベーターを待ち、インターフォンを鳴らすと待ちかねていたようにドアが開いた。
「おかえりなさい、侑生さん」
現れたあいつの笑顔に、まるで何日も会っていなかったような気持ちになる。
堪りかねて、俺は思いきりあいつを抱き締めた。
「ただいま」

——Dear Yusei,Happy Birthday!