『あなたからのサプライズ』浦井雅臣 2020年バースデーSS

「……ええと、それでは連絡事項です。来週の稽古ですが、いつもと稽古場が違うので気を付けてください。場所わからない方は後で俺のところに来てもらえれば、地図を渡すので……」
劇団ラグナロクの稽古後のミーティング。
恭太郎さんの駄目出しの後、俺から連絡事項を伝えて今日の稽古は終了——
となるはずだった。

「俺からも、一ついいか?」
珍しいことに——とても珍しいことに、そう言って手を挙げたのは侑生さんだ。
「……? はい、どうぞ」
不思議に思いながら頷けば、侑生さんがにやりと笑う。
「今日、なんの日だ?」
「へっ?」
我ながら間抜けな声が出てしまった。
「今日だよ、今日。はい問題! 今日は何月何日でしょうか?」
「え、えーとえーと……10月じゅう……12日? ……あっ」
そこでようやく気づく。
「はい、浦井雅臣くん誕生日おめでとう〜!」
侑生さんの声に合わせ、劇団員たちがいつの間にか取り出したクラッカーを一斉に鳴らした。
「うわっ! あ、ありがとうございます……俺すっかり忘れてた……」
「そんなことだろうと思ったよ。お前、自分のことにはほんっと無頓着だな」
「すみません……」
「別に謝らなくていいけど。サプライズ考えるの楽しかったしな」
「はい、びっくりしました! でも嬉しかったです。皆さん、本当にありが……」
「ちょっと待て。まさかこれだけだと思ってねえだろうな?」
「へっ?」
再び間抜けな声を発した俺に向かって、侑生さんはますます楽しそうに微笑む。
「ケーキ登場〜!」
看板俳優のよく通る声と同時に、稽古場のドアが開いた。
その向こうから、誕生日ケーキが——
——誕生日ケーキを持った彼女が、現れた。

「…………っ、えっ、あれ……え!?」
「誕生日おめでとう、雅臣……くん」
「え、あの、え……なんで……?」
ゆらゆらと揺れるローソクの炎の向こうで恥ずかしそうにしているのは、見間違えようのない、俺の恋人で。
けれど彼女は、以前うちの劇団の公演に客演はしてくれたものの、今は外部の女優で。
当然、ここにいるはずのない人間で……。

「なに呆けてんだよ。ほら、火。早くしねえとローソク垂れるぞ」
「え、あ、はい! えっと……ありがとうございます!」
俺は皆さんに頭を下げ、遠慮がちに火を吹き消す。稽古場が拍手の音で満たされた。

「あの……でも本当に、なんで彼女が……?」
まさか都合のいい夢なのだろうか。ぱちぱちと目を瞬かせていると、背後から恭太郎さんが答えをくれた。
「俺が呼んだんだ。雅臣の誕生日を祝うなら、彼女に来てもらった方がいいと思って」
「え? ……ど、どうして、ですか?」
ドキドキと心臓の音がうるさい。
(まさか……まさか)
冷や汗をかく俺に、侑生さんがさらりと爆弾を落とした。
「……まさか、付き合ってるのばれてないとでも思ってたわけ?」
「……っ」
(嘘だろ……)
続けて、恭太郎さんも。
「念のために言っておくと、隠せてると思ってたのはお前だけだな」

*   *   *

「はぁあああ……」
稽古場を出て駅に向かう道すがら、俺は何度目かわからないため息を落とした。
隣を歩く彼女が、俺の背中をぽんぽんと叩く。
「そんな落ちこまないで」
「はい……けど、俺あんなに必死に隠してたつもりだったのに、バレバレだったなんて……」
「そう……だね。私も、恭太郎さんから連絡もらってびっくりしちゃった」
そう言ってから、彼女は眉を寄せて手を合わせた。
「でも、当日まで雅臣には内緒って言われてて。黙っててごめんね?」
「いえ、それはいいんです。びっくりしたけど、本当に嬉しかったので」
誕生日——すっかり忘れていたけれど、当日に大好きな彼女と会うことができた。それが何よりのプレゼントだ。
「よく考えてみたら、俺なんかの浅知恵が恭太郎さんや侑生さんに敵うわけないんですよね……」
「ふふっ……まだまだ精進、だね?」
「……はい!」
大きく頷く俺の隣で、彼女が微笑みかける。そしてその目が眩しそうに細められた。
「25歳か……若いなぁ」
付き合うようになってから彼女は、時折そうやって俺との年の差を気にかける。
「来年は26ですよ」
「でもその分、私も年取っちゃうもん」
「いいじゃないですか。26の俺も27の俺も、何歳になってもずっと……あなたを大好きなことに変わりはないです」
「……っ」
ただ真実を告げただけなのに、彼女が耳まで赤く染めた。
そんな姿が可愛くて、思わず赤くなった耳朶に口づける。
「……っ、ま、雅臣……!」
「大丈夫です。誰もいませんから」
人通りの少ない住宅街の細い道。たとえ離れたところに誰かいたとしても、この街灯の数でははっきりとは見えないだろう。
照れて俯いた彼女は、そこで自分が手にした紙袋の存在に気づいたらしい。
「そ、そうだ。これ、プレゼント。……改めて、誕生日おめでとう、雅臣」
「あ……ありがとうございます」
「それから……」
周囲をきょろきょろと見回してから、彼女は爪先で立って——掠めるようなキスをくれた。
「……!」
「私からも……サプライズ」
はにかんだような微笑みは、抱き締めたくなるほど可愛くて愛しい。
(……やばい)
このまま、我慢できそうにない。
「今日……泊まっていけます?」
俺が囁くように尋ねると、彼女は小さく頷く。
「よかった。……じゃあ、早く帰りましょう」
俺は彼女の手を取り、少しだけ急ぎ足で歩き始めた。
こんなにも嬉しくて幸せな誕生日は、初めてかもしれない。——そしてたぶん、26も27も、これから先の誕生日もずっと。

——Dear Masaomi,Happy Birthday!