―― 昔は行動力だけの奴だったが、最近は知恵もついて……まあ使えるようになった  (R.K 37歳/男性/会社員)

―― 犬 (S.O 21歳/男性/自営業)

―― その筋の人間とは思えないくらい愛嬌があるから、至る所で可愛がられていますよね (W先生 ?歳/男性/医師)

 真国明桜の一日は、近所の公園での体操から始まる。
普段は自治会のご老人方に混じって、夏休み期間は近所の子供たちに囲まれながら、2番目の体操の最後までしっかりとやり遂げる。
 体操を終えた後は、足腰以外は健勝なご老人に飴などのお菓子を振舞われたり、幼い頃の自分を思い出させる悪ガキたちにジュースをたかられたりしながら、小一時間ほど公園に滞在。
一見すると穏やかな近所付き合いのようだが、この雑談の合間に近隣で起きている小競り合いや不審な人物の目撃情報など、明桜の稼業に関連する情報が得られたりもするので、地域の目というものは侮れない。

 程よく体と頭を起動させた後は、コンビニに寄って朝食を買い帰宅。
適当に選んだ物を適当に胃に放り込みながら、兄貴分兼所属会社代表を迎えに行く準備を始める。
 自分の格好については「場に合っていて清潔感さえあれば」とあまり頓着しない方だが、湿度が高いこの時期はどうしてもクセ毛の扱いに時間を取られてしまう。
思い通りに納まる日とどう足掻いても無駄な日、比率は半々というところだ。
 機動力を優先したラフな服装を纏った後は、兄貴分と共に表向きはコンサルティング企業の看板を掲げているオフィスに出社する。
 集金など社外での活動が多くても不審のないよう、会社では営業部所属ということになっている。
加えて、明桜は代表の指示を最優先に動く自由部隊なので、1日中社内でじっとしている日はあまりない。
 稀に何もない時は、社内にあるトレーニングルームで後輩を相手に体を動かして、自慢の機動力が鈍らないよう努めている。
年々下の者が増えているが、心持はいつだって一番槍だ。

 明桜は元々この稼業とは縁のない、少しばかりヤンチャな普通の男子高校生だった。
と言っても、本人的には道を反れた自覚はなく、幼い頃から変わらずに好きなように振舞っていたら、いつの間にか周囲にヤンキーと認識されていた。
まあ、絡んできた輩を普通にボコボコにしたり、気乗りしないときは授業をサボってバッティングセンターに入り浸ったりラーメンを食べに行ったりしていたので、そう認識されても仕方はないのだが。
 中学の時点で学習意欲というものを無くしていたので、進学する意義は感じていなかった。
が、両親と年の離れた兄の助言に従い、科によって生徒の質がピンキリなマンモス校に進学した。
 「アンタは無駄に愛想がいいから、フツーの女の子が騙されないように」という姉の有り難い心遣いで、半ば強制的に金髪にされたのは高校入学式前日のこと。
狙い通りフツーの生徒からは一線を引かれたが、代わりに式が終わって早々に科を仕切っている先輩方に呼び出され、返り討ちにし、入学初日に職員室で正座をする羽目になった。
 後に恋人となる「お嬢さん」との出逢いも、そんな騒がしい日常の中での一戦を終えたあとのことだった。

 不可侵のマドンナも卒業してしまい、いよいよ高校に通う気力も尽きそうになっていた頃。
つるんでいた友人の1人が、その筋の人間と揉め事を起こすというヤンキー漫画のような展開が、現実となって明桜の身に降り懸かってきた。
 腕に覚えがあっても所詮は素人の学生。
人気のない路地裏で、本職の大人との格の違いに明桜が人生で初めて身の危険を感じていると、ふと近くにシルバーのセダンが停車した。
車から降りてきた厳つい顔の青年は、明桜を踏みつけていた任侠者をひと蹴りでビルの壁に叩きつけ、倒れている明桜を見て舌打ちをした後、何も言わずに去っていった。
親や可愛がってくれるご近所さんは好きだったが、格好いいと思える大人に出逢ったのはこれが初めてだった。
 時間にして3分にも満たないこの出来事が、明桜の人生を大きく変える。

 その後は、惰性で通っていた高校を辞め、厳つい顔の青年が所属している組を見つけ、押しかけで弟子入りし――不可侵のマドンナを手中に落として、現在に至る。

 いつだって勢い一辺倒で生きている、というのが明桜の自己認識だったが、最近になって、入門を許されたのは勢いだけではなく、何の手掛かりもない状態から兄貴分を探し出した執念と調査力が評価されてのことだったと知り、言葉を無くすくらい嬉しかった。
 金髪を止め見た目の印象が柔らかくなったせいか、周囲からは愛玩犬のように扱われがちだが、その辺については口で言うほど不満には思っていない。
どんなに可愛くとも、犬の本質は肉食獣。
油断してくれている方が、いざという時に牙の剥き甲斐がある。

 どんな環境にも溶け込む愛嬌と、猪突猛進の心意気、揺るぎない忠心に、未だ残るヤンチャ坊主の精神――それが、真国明桜という男。