この時期になると必ず爺ちゃんが口ずさむ歌の出だしだ。
ガキの頃から聞き続けていたせいか、暖かい日が続いたり、それこそ梅が咲いてるのなんかを見かけると、俺もつい口ずさんでしまう。
数年前ふと検索してこの歌の正体が「お座敷唄」だと知った時には、爺ちゃんアンタガキに何聞かせてんだと呆れてしまったが、婆ちゃんも親も特に咎めなかったところに俺の稼業への理解の根っこみたいなものを感じた。
暦的には桃の節句。梅は咲いているが桜にはまだ少し早いこの日に、俺はまた一つ年を重ねる。
いくつになってもお嬢さんには追いつかねぇんだけど……それでも、少しだけ差が縮まるこの日は毎年待ち遠しい。
今年の3月3日は平日、カタギの彼女にとって何かと忙しい年度末の月初だ。
ゆっくり祝えそうにねぇからってことで、バレンタインのチョコと一緒に前祝も兼ねた月末デートのお誘いを頂いた時は、嬉しさのあまりバカデケェ声で「やった!!!!!」と叫んでしまった。
目の前でバカデカ声を食らった彼女は、耳をガードしながら「当日も有休を取ろうか」とも提案してくれたが、俺の都合で彼女のカタギ生活に影響を与えるのは申し訳なかったので、こっちは丁重に辞退して。
店先で桜関連商品を見つける度に、俺の方を見ながら笑顔で商品を手に取る彼女を微笑ましく眺めたり、実家で高校の制服を発掘した話からワンチャン着てくれねぇかなと振ってみて……引かれたりなんかしながら、それはそれは幸せなひと時を過ごさせてもらった。
(因みに、バレンタインの歓喜の咆哮は家中に響いてたらしく、遠くから兄貴の「五月蠅ぇぞ、アキ!」ってお叱りが聞こえた)
――そして迎えた誕生日当日。
『テメェの生まれた日くらい好きに過ごせ』という親父の計らいで丸一日休みを貰った俺は、楽しかった数日前のデートの記憶を反芻しながら家でバキバキに暇を持て余している。
好きに過ごせという命に従い、昨夜のうちに彼女に連絡して職場へ送る約束を取り付けた。
「朝一番にアンタと2人っきり、充分好き勝手やってるでしょ?」
休みの日まで運転手を買って出たことに呆れていた彼女だったけど、俺の言い分を聞いて納得したらしく、耳をほんのり赤く染めながらお迎えも許可してくれた。
彼女見送った後ついでに実家に顔を出したが、年末に帰ったばっかだったので然程歓迎はされず。
山盛りのちらし寿司を食わされた腹ごなしに地元をウロついてたら、行く先々で「今日誕生日だろ」と色々持たされたので、早々に地元から退却した。
家の近所も、善意の酒宴に捕まる可能性があるのでヘタにウロつくことも出来ず。
結果として、家で大人しく彼女の勤務時間が終わるのを待つしかなくなったのだ。
ひな祭りが祝日なら気兼ねなく彼女と過ごせたのに。
「『祭り』なのに何で祝日じゃねぇんだろうなー……。はぁ、早く夜になーれー……」
格好つけても欲は消せず。真国明桜26歳、新しい1年も……己の半人前っぷりを痛感しながらのスタートになった。